今我々にできること
先ほど、ある知人からメール同報で情報が寄せられました。
彼曰く、「原発問題そのものを議論する余裕はない現状かと思います。ただ、この問題が奇跡的に一段落すると、責任のなすりあい報道が活発化し、今回の問題の根源的な構造が、また見えなくなる恐れを感じます。」ということで、有識者向けに発せられた同報メールを私にも送ってくださったというわけで、そのリンクの一部とともにご紹介します。
下記転載文(一部)
菅首相が東電社員の福島第一原発からの撤退を拒否し、北沢防衛庁長官が自衛隊ヘリに放射能値に関係なく放水せよと命じているのをみて、政治家は労働者や兵士に被曝を強要しています。また一方で、防衛庁は東電に対して「安全と言う話でなかったのか」と怒り「東電と保安院で原発対応してくれ」と民間人に被曝を押し付けようとし、東電は社員の撤退で自衛隊と米軍に被曝を押し付けようとする無責任構造は何なのでしょうか。そもそも原子力発電の存在そのものが恒常的に大量の被曝労働者を必要とし、さらにウラン採掘現場や放射性廃棄物の処分場などまで考えれば先住民族や住民などの被曝を前提として成り立っているシステムです。米国のウラン採掘鉱山の先住民族の放射能汚染被害を現地調査された同志社大学経済学部の和田喜彦先生(エコロジー経済学)は、ATTAC京都のCOP15反原発輸出シンポで「原発とはウラン鉱山における先住民族の被曝労働など現代の奴隷制に基づいたシステムだ」と批判しておられましたが、まさにもっとも弱い立場のものに被曝を強要する「原発奴隷」制なくしては成り立たないシステムであることを今回の事故は端的に示して(以下は文字バケにつきここまでとします)
上記文章に加えてリンクされているサイトを下記に転載
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=931
、転載以上
今回の原発事故について、さまざまなマスコミ報道を注意深く見ていると、確かに上記のような三者構造が見て取れると思います。そして、その後ろにあるのが原発で放射能を浴びながら肉体労働をする世の中の影となる人々の存在です。
以前、テレビ番組で、新宿の西口で労働者を募って原発に労働斡旋している現状についてのレポートがありました。
彼らの中で、被爆した人たちは、次々に体の不調を訴え、その困窮から医療の手当てを受けるすべもないままに静かに死んで行くというものでした。彼らは当然ホームレスで身元不明の方たちです。
弔う人もないままに身元不明の無縁仏として事務処理されます。
このような人々の存在の上に立って、我々の安寧な生活が成り立っているのが現状です。
このことはかなりの人々にとって周知であり、原発運営者は当然知っている・・・というより、被爆の危険をわかっていて、雇用しているのです。
更には、今回問題になった核廃棄物のゆくえです。
核廃棄物は今回の事故のように、原子炉で核反応によって電気を生成した後に残る、処理に困るやっかいな廃棄物です。
原発では天然資源のウランによって電気をおこすわけですが、その後に残る大量の劣化ウランは、例えばアメリカですと、劣化ウラン弾として戦争に使われます。
劣化ウラン弾の薬きょうや不発弾がごろごろ転がっているイラクでは、子どもたちがそれをおもちゃにして遊んだりしているそうです。
当然、街中はそれらの放出する放射能が蔓延している状態です。
このことを告発している研究者に、慶應義塾大学の藤田氏がいます。
私もかつて、彼からはじめてこの実態を教えていただきました。
劣化ウラン弾については下記をご覧ください。
http://www.cadu-jp.org/data/DUweapon.html
藤田教授のレポートは
http://www.cadu-jp.org/data/ssh.html
我々にできることはひとりびとりでは非力かもしれません。
でも、今回の原発事故は世界的に見ても既にスリーマイル島の事故と同等に扱われる、大事故です。
原発の現状にもう一度目を向けなければいけない時期に来ていると私は強く思いました。
まずは自らの周りを見回しませんか。
消せる電気を消しましょう。
今触れている機器が何によって動かされているかを再認識すべきです。
現在、日本の電力は、水力と火力を十分に活かせば、じつは原発を使わなくても十分だそうです。
しかも、水力も火力も、微調整がきくので、100%出力しなくても運営が可能です。
エコキュートや深夜電力は何のためにあるか知っていますか?
これは、原子力発電が、今回の事故でもわかるように、急には止められず、しかも「〇〇%で運用」のようにセーブがきかないものだから、いつも100%走らせていなくては使えない、反応し続けることが特徴のエネルギーだからです。
エネルギー研究している企業や研究者の方々には、原子力に頼らない、安全なエネルギーの更なる研究を早く推し進めていただきたいと思います。
原子力はあまりにリスクが高い危険な選択肢です。